昨日の友は、今日いない。それがメキシコの日常でした。
メキシコの労働市場において、人の流動性は驚くほど高いのが特徴です。
「より良い条件を求めて自ら辞める」のも日常茶飯事ですが、それと同じくらい頻繁に起きるのが「クビ(解雇)」です。
日本の感覚では「よほどのことがない限り……」と考えがちですが、こちらではそのスピード感も理由も、想像の斜め上を行くものでした。
今回は、私の身近で実際に起きた、背筋が凍るような解雇の事例をご紹介します。
昨日の友は今日いない?!突然消えた担当者


メッセージの既読がつかなくなった、その理由。
ここ数年、厳しい状況が続いている自動車業界。
それでも北米や日本に比べて人件費が抑えられるメキシコでは、今も膨大な数の従業員が巨大な工場を支えています。
ある日、仕事を通じて親しくなった一人の若手担当者がいました。
いつも通りオフィスを訪れると、彼から「機械に取り付ける工具の図面が欲しい」と頼まれ、WhatsApp(日本で言うLINE)を交換して詳細をやり取りすることになりました。
しかし、その翌日から急に返信が途絶えます。「忙しいのかな?」程度に思い、数日後に再びオフィスを訪れると、彼の上司がポツリと一言。
「ああ、彼なら今朝クビになったよ」
つい先日まで熱心に仕事の話をしていたのに、解雇の気配など微塵もありませんでした。
驚く私を余所に、その上司も「自分も今朝知らされたんだ」と淡々とした様子。
本人だけでなく、直属の上司にすら事前通告がない「電撃解雇」が、ここでは当たり前に存在するのです。
現地採用として働く私にとって、この「簡単に人が切られる光景」は、他人事とは思えない恐怖を覚える瞬間でもありました。
メキシコで会社が従業員を「会社都合」で解雇する場合、法律で定められた多額の清算金を支払う義務があります。
✔勤続年数に応じた手当: 1年につき20日分の賃金など
✔解雇手当: 3ヶ月分の給与
✔比例配分のボーナスや有給休暇の買い取り
会社側は、たとえ当日の朝であっても、この「法定の金額」さえ積み増せば、即座に雇用を終了させることができるのです。このドライな契約関係が、メキシコの流動性を生んでいます。
10年のベテランを襲った「裏金」の誘惑


「家族のために」という言葉の裏側で。
こちらは、さらに重いケースです。
彼はある会社に10年以上勤めるベテランで、顧客からの信頼も厚く、不器用ながらも実直に働く人間でした。
3人目のお子さんが生まれたばかりで、「家計を支えるために、もっとバリバリ働きますよ!」と高らかに宣言していた矢先のこと。
彼もまた、突然のクビを言い渡されました。おめでたい時期になぜ……と周囲は同情しましたが、真相はメキシコで頻発する「裏金問題」でした。
商社を介した商品購入の際、特定の業者と共謀して不要な工程を水増しし、差額を私的に着服していたのです。
実は彼は過去に一度、同様の件で厳重注意を受けていました。
その際は「二度としない」と約束し、チャンスを与えられていたのですが、魔が差したのか二度目の不正が発覚。
恩情の余地はなく、即刻クビ。
どれほど勤続年数が長くても、コンプライアンス違反に対しては非情なまでに一線が引かれます。
悲劇か、それとも再スタートか。独特の空気感
意外とケロッとしている、メキシコ流のレジリエンス。
これほど頻繁にクビが起きるメキシコですが、不思議と現場に悲壮感は漂っていません。
メキシコでは「クビになった」という事実が、その後のキャリアにおいて致命的な傷になることが少ないように感じます。
業界内での転職がごく一般的であり、スキルさえあれば「次はもっと良い条件の会社へ行こう」と、驚くべきスピードで切り替えて再出発していく強さがあります。
「明日は我が身」という緊張感を持ちつつも、執着しすぎない彼らの働き方。
この独特な空気感に、私は今日もメキシコの洗礼を受け続けています。








